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大阪高等裁判所 平成6年(ラ)277号 決定 1994年7月18日

主文

原決定を取り消す。

理由

一  執行抗告の趣旨及び理由

別紙抗告状(写し)記載のとおりであつて、その本旨は債務者を免責する決定が確定したことを理由に債権差押命令を取り消した原決定の措置を不服であるとして、原決定の取消しを求めるにある。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次のとおり認められる。

(一)  抗告人は、相手方を被告とする大阪簡易裁判所平成五年(ハ)六四〇三号貸金請求事件について、平成五年一〇月二〇日、抗告人勝訴の判決を受け、同判決は、同年一一月一六日に確定した。

(二)  抗告人は、基本事件について、平成五年一一月一六日原決定添付差押債権目録記載の債権を差し押さえる旨の債権差押命令(以下「本件債権差押命令」という。)を受け、同命令は、同月一七日第三債務者に、同月一八日債務者にそれぞれ送達され、同月二六日に確定した。

(三)  これに先立ち、相手方は、大阪地方裁判所に破産宣告の申立てをし(同裁判所平成五年(フ)第一二九六号)同年六月三〇日午前一〇時、破産宣告及び同時破産廃止の決定を受け、同決定は確定した。

(四)  相手方は、平成五年七月五日、同裁判所に免責の申立てをし(同裁判所平成五年(モ)第二一五一六号)、同年一二月一六日、免責の決定を受け、同決定は、平成六年三月一日に確定した。

(五)  ところが、相手方が上記確定した免責決定の正本を提出したので、原審は、平成六年四月一二日、そのことのみにより「債務者から免責する旨を記載した裁判の正本の提出があつた」との理由で本件債権差押命令を取り消す旨の決定(すなわち原決定)をし、同決定(以下「原決定」という。)は、同月一三日、抗告人に送達された。

(六)  抗告人は、これに対し、同月一五日、本件執行抗告を申し立てた。

以上の事実が認められる。

2  そこで以上の事実関係に基づき、検討する。

民事執行法四〇条一項は、同法三九条一項一号から六号までに掲げる文書が提出されたときは、執行裁判所は、既にした執行処分をも取り消さなければならない旨を規定している。ところで、原審は、前記のとおり、本件債権差押命令を取り消したのであるが、上記免責決定の正本は、上記の各号のいずれの文書にも当たらないものというべきであつて、このことは上記の各号の文言に照らし、また、同条二項及び三項が同条一項八号に掲げる文書について特に触れていることとの対比からみて明らかである。次に、その金額の多寡を問わず、債務者の破産及びこれに次ぐ破産者の免責は、健全な金銭取引の社会においては、本来少ないことが望ましいが、止むを得ず例外的に発生することとして大局的見地から、事情に応じ是認するほかはないものである。もとよりそれは破産法に定められた場合に限られるから、破産者に対する免責決定が確定したからといつて、直ちにそのゆえに民事執行法の定める執行処分の取消しがなされるべきものとする論理的必然性はないのである。したがつて、同条項が、上記免責決定の正本について触れることがないのは、この文書が同条項の文書に当たらないことを示すものである、と解するほかはなく、同法四〇条二項が、同法一二条の規定は、同法四〇条一項の規定により執行処分を取り消す場合については適用しない旨を特に定めているのもけだしこの趣旨に基づくものというべきである。このように同法三九条一項各号は、いわゆる限定列挙の趣旨に基づくものであると解されるのであるから、原審が本件債権差押命令を取り消したのは、同条一項各号の規定するところに基づき又はこれを準用ないし類推適用することによつてこれをしたものではなく、相手方を免責する旨の裁判の確定決定正本の提出を民事執行法には明文の規定がないにもかかわらず債務者に対する強制執行の障害事由に当たるものとしたにほかならないものとみられるところである。

3  しかし、原審のこの措置は、上記に説示し、かつ、以下に述べるところにより、これを是認することができない。

(一)  本件免責決定の主文は、「破産者乙山春夫を免責する。」というものであるが、原決定の理由の記載と併せ読んでみても、抗告人の相手方に対する請求債権が非免責債権でないか否かは明らかでないのみならず、一件記録を精査しても、相手方が上記請求債権につき免責を受けたものか否か明らかでない。

(二)  次に、執行裁判所が本件債権差押命令の執行を続行したとしても、その配当等の受領が不当利得となるか否かは、執行終了後の不当利得等返還請求訴訟において、相手方と抗告人との間で解決されれば足りるのであつて、相手方に対する免責決定確定正本が提出されたということから、現に執行中の本件債権差押命令を取り消す必要性があるとは必ずしもいい切れない。

(三)  また、本件債権差押命令の手続が終了する前であつても、相手方は抗告人に対し、請求異議の訴えを提起したうえ、本件債権差押命令の執行停止の申立てをすれば、その異議の事由が免責決定の確定にある以上、異議事由の存することの証明は極めて容易であるから受訴裁判所が、低額の担保を立てさせ、又は担保を立てさせないで、本件債権差押命令の執行停止を命ずる蓋然性は高いものとみることができる。したがつて相手方としては、この執行停止決定の正本を民事執行法三九条一項六号の文書として執行裁判所に提出することにより、容易に本件債権差押命令の執行の停止を求めることができるのである。この点からみても、本件債権差押命令を取り消す必要性はない。

4  以上要するに、民事執行法三九条一項の規定による強制執行の停止は、破産法の規定する破産者に対する免責決定の効果と必然的、直接的、論理的に連動しているものと解すべき実定法上の根拠を欠き、かつ、このように解しても必ずしも債務者・債権者間の権衡を失する結果を招くことはないのである。そうすると、相手方が確定した免責決定の正本を提出したという一事により本件債権差押命令を取り消した原決定は、民事執行法三九条一項に当たる文書が提出された場合でないのに、既になされている本件債権差押命令を取り消したものであつて違法というほかないから、同法四〇条一項、二項の適用をみることはなく、その全部につき取消しを免れないものである。

三  結論

よつて、原決定を取り消すこととして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 仙田富士夫 裁判官 竹原俊一 裁判官 渡辺 壮)

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